僕は磯だまりなど何時間でも見ていられるタイプである。
そんな磯の生物で、昔からどうにも気になっていたヤツがいる。
アメフラシ。
海のナメクジみたいなアイツです。
気象を操りそうな強敵っぽいネーミング。
しかし、どう見ても「くだらない生き物」としか思えない。
いじると紫の液を出すのも弱々しい。
それ以外はなんの抵抗をするわけでもない。
そのくせ磯ではわりと大きい生物なので、妙に目につく。
だいたいウミウシとアメフラシはどう違うのか?
食ったら美味いのか?
疑問に思いつつ、なんとなく棚上げしてきた生物なのです。
で、調べてみると、これがなかなか見下せない生き物でした。
アメフラシはウミウシの仲間なの?
アメフラシは英語で「Sea Hare(海の野ウサギ)」。
中国でも「海兎」と書き、
どちらも頭部にある角のような突起を長い耳に見立てています。
日本ではアメフラシ。
なぜそんなシャーマンみたいなイメージを浮かべたのか。
角が雷を呼びそうには見えるけど。
日本人の独特の情緒を感じます。
でも、突起があるのはウミウシも同じ。
その違いを知れば、アメフラシのこともよくわかります。
アメフラシとウミウシの違い
アメフラシもウミウシも「腹足綱」の生き物。
ザックリ言うと、「殻を捨てた貝の仲間で、腹這いする連中」です。
腹足綱にはカタツムリやナメクジ、腹這いはしませんがクリオネも入ります。
つまり、元は貝だったものが殻の防御をやめて、活動的になった。
カタツムリは殻を残し、ナメクジは完全に捨てて、陸生になりました。
クリオネは翼を得て……といってもイカの耳みたいなものですが、水泳力を獲得。
這いまわっているのがアメフラシとウミウシなのです。
アメフラシは触ってみると、意外と固いことがわかります。
これは体内に、貝殻の名残りが残っているから。
カタツムリの殻が背中に吸収されたと思えばいいでしょう。
ウミウシは殻がほとんど退化し、グニョグニョしています。
食性や大きさも違うぞ!
アメフラシとウミウシの違いは他にもある。
ウミウシは小さく、アメフラシは大きいこと。
僕が昔よく見たアメフラシも、10cm以上ありました。
最大のアメフラシは75cmにもなります。
小型犬並みのアメフラシって……絶対、台風を呼べるだろ。
それに比べて、ウミウシは数mm~数cmが普通。
30cmくらいのウミウシもいます
大きいのだと、さすがに手は出しにくい迫力です。
色もだいぶ違います。
海の宝石みたいに言われるカラフル多彩なウミウシに対し、アメフラシは地味なのが多い。
ウミウシの色は警戒色。
「俺は危険だぜ」というサイン。
毒の強いウミウシもいますが、ほとんどは無害です。
アメフラシはそんなサインは出していませんが、
敵に襲われると味の悪い液を出す。
これがまさに「パープルヘイズ(紫煙)」で、体に悪そう。
この様子が「雷雲を呼びよせている」みたいなので、アメフラシになったという説もある。
ウミウシは肉食で、アメフラシが草食なのも決定的な違いですね。
食べている海藻が、アメフラシの色を決めます。
藻の色と同化して、目立ちにくくするためでしょう。
餌が藻類なので、アメフラシは人の食べる海藻を餌に飼うことも可能です。
ただし、飼育難易度は高め。
わからないことが多いためです。
もし磯で捕まえたら、その場所の海水や石、藻類などをまとめてバケツなどで持ち帰り、そのまま一週間程度観察したら、元の場所に戻してあげたほうがいいですね。
アメフラシの食べ方
「こいつは食えんのかな?」
美味しそうには見えませんが、珍味感はたしかにある。
かつて、昭和天皇がアメフラシ料理をお試しになったエピソードがあります。
料理人も「ええぇ~~!」だったに違いありません。
陛下は実際に食され、「美味しくないね」とのご感想。
……そんなチャレンジはおやめください。
茹でれば食べられる。卵はそうめん?
アメフラシには少し毒があります。
食べている藻類の毒をためこんでいる。
触っても問題はないですが、食べるには向きません。
美味しかったら、ナマコみたいに高級食材だったかもしれません。
日本でも千葉県、島根県などの一部では食べられています。
内臓を取って、塩茹でしたものを煮付けや酢の物にするんだとか。
アメフラシの卵は「海そうめん(海ぞうめん)」と呼ばれます。
海にラーメンみたいのが落ちていたら、それがアメフラシの卵。
薄い黄色の色合いや、縮れ具合が普通にラーメンです。
子供の頃の僕は、海辺でカップラーメンを食っていた誰かが落としたと思っていました。
こんなのですから。
アメフラシは雌雄同体なのですが、別のアメフラシと交尾します。
頭にオス、背中にメスの生殖器があって、前後に連なるのです。
つまり、後ろにいるのが男役。
でも、背中がメスなので、さらにその後ろに別の男役が……そしてその後ろにも。
このように数匹が繋がるのを「連鎖交尾」といいます。
なんかスゴイ集団子作りだ。
ウミウシも同じです
その結果が海そうめん。
カエルの卵のように、麺状のコーティングの中に卵がある。
「海ぞうめん」という海藻も別にあります。
というか、現在「海ぞうめん」といえば、こっちです。
これはモズクのような海藻で、色も黒っぽく、ラーメンよりソバって感じ。
アメフラシの海ぞうめんはほとんど食べられていません。
研究されるアメフラシ
アメフラシは実験動物としても活用されています。
神経組織が太く、単純なため、研究しやすいのです。
そんな実験でなにがわかるのか?
それはノーベル賞をもらうほどのものでした。
アメフラシは人類の未来を握る?
2000年、ノーベル生理学賞受賞者エリック・カンデル。
彼が1960年代から行っていたのが、アメフラシの実験です。
アメフラシは刺激を与えると、エラを引っ込める。
何度かやると慣れて、反応が遅くなります。
この過程の神経細胞(ニューロン)を調べ、「学習して記憶する」のメカニズムを解き明かしたのです。
忘れられない思い出は、神経が強く繋がっただけ。
思い出せないのは、繋がりが弱まっただけ。
記憶がニューロンの変化にすぎないことがわかりました。
記憶は「その人そのもの」とも言えますから、
僕らはニューロンで「自分」になっているとも言える。
逆に言えば、ニューロンを操作することで人格まで破壊できる。
この大発見に寄与したのがアメフラシ。
もっと判れば、アルツハイマー病などを防げるかもしれません。
アメフラシの紫の液体もかなり面白いです。
どうやら食欲を減退させる効果があるらしい。
アメフラシを襲うロブスターに液をかけると、
アメフラシへの興味が失われるそうです。
臭いを感じなくなるからと考えられています。
ダイエットしたい人にはいいかも。
また、液体に癌を抑制する効果があるのではと期待されています。
くだらない生物に思っていたアメフラシの、人類への貢献度は決して低くないんですね。
まとめ
近頃、僕は海にも行かず、アメフラシとはちょっと疎遠。
あのインパクトのある姿もしばらく見ていません。
でも、見たら必ずつついてしまう。
なんかイジりたくなるんですよね~。
だけど「取るに足らない」生き物でもありません。
近種のウミウシが人気になっても、目立たず生きている。
紫の液だけを武器に、地味におとなしくしている。
それでこれといった天敵もいないのだから、アメフラシの渡世術は間違っていないでしょう。
磯で見かけたら、ちょっと気に留めてみてください。
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