人間が動物に襲われて命を奪われる。
時に起こる獣害事件は、どれも陰惨です。
しかし、動物の襲撃は本能的・生態的なもの。
「殺意」や「悪意」は感じません。
でも、チンパンジーの「ブルーノ」が人を襲った事件は、そこに「復讐」の邪心があったとしか思えないのです。
あまりにも残酷。
それはチンパンジーのギャングによる、「血の粛清」といった感があります。
人間にも極めて近いチンパンジー。
恨みや憎しみの感情を持つのでしょうか?
法の支配の外にいる動物が、殺意を抱いて実行に移すとしたら?
リアル「猿の惑星」のような「ブルーノ事件」を追ってみましょう。
ブルーノの生い立ち
事件はアフリカ西部の小国シエラレオネで起こりました。
非常に貧しい国で、内戦とクーデターのローテーション。
世界で平均寿命が11番目に短いのだそうです。(59.8歳、2020年)
そんな国では、よく幼いチンパンジーが売られていました。
貧困から親子のチンパンジーを捕らえ、子チンパンジーを売る。
子チンパンジーなら仕込んで、見世物にしたり仕事をさせたりしやすい。
このとき、あまり売れない親チンパンジーは殺され、食べられたりします。
ブルーノも、人間に母親を殺され、売られていた一匹だったのです。
180cmの巨大猿へ成長
1988年、シエラレオネの首都フリータウン。
チンパンジーを保護していた夫婦が、市場で売られている猿を見つけます。
小さく、今にも死んでしまいそうな2才ほどの子猿。
その目には、母親を奪われた悲しみの光がありました。(夫婦がそう言っている)
「なんてひどい!」
夫婦は子猿をすぐに購入し、家で育てることにしました。
付けた名は「ブルーノ」。
「強く育ってほしい」
当時の欧州王者だったイギリスのヘビー級ボクサー、フランクリン・ロイ・ブルーノにあやかったのです。
シエラレオネは今もイギリス連邦の一員です
しかし、ブルーノは檻に入れると騒ぐ。
仕方なく家に入れると、ベッドで眠り、テレビを点け、家具を壊す。
優しい夫婦は特に厳しくしなかったらしい。
「母親と引き離されて情緒が不安なのだろう」と同情的。
たぶん、このワガママさせ放題が、後の事件へと繋がったと思う。
さて、ブルーノは数年で大きく育ちます。
いや、育ち過ぎた。
立った上背は180cm。
5cmの牙を持った、大チンパンジーですよ。
普通のオスチンパンジーが80~90cmですから、倍の大きさ。
いい物、食わせてもらってたのかな~と。
こちらのブルーノもヘビー級になった。
それだけではありません。
人間と暮らしたことが、ブルーノに妙な知恵までつけていたのです。
保護区のボスへ、そして脱走!
夫婦の保護活動は拡大し、政府も支援するようになります。
フリータウン郊外に100エーカーの「タキュガマ保護区」が1995年に完成。
二重のフェンスに、電気柵で囲まれたチンパンジーの聖域です。
100エーカーは東京ドーム約8個分
ブルーノはその巨体から、保護区のチンパンジーのボスとなります。
でも、野生で鍛えられていないブルーノ。
パワーやスピードで劣る弱点もあった。
その分、人間と暮らしたおかげで知能は高かったようです。
人間をまったく怖れない。(むしろ見下していた)
気に入らない相手には石や糞を投げつける。(コントロール抜群だったらしい)
体力のなさを、知恵でカバーし、他のチンパンジーを圧倒したのでしょう。
そんなブルーノは、フェンスを開ける複雑な工程もよく観察していました。
「猿に開けられるわけがない」と保護区は余裕たっぷり。
そこをブルーノに出し抜かれてしまった。
開け方までブルーノは学んでいたのです。
2006年、ブルーノは部下30頭ほどを連れて脱走。
ところが、保護区ではろくに探しもしなかった。
「野生のチンパンジーに受け入れられ、ブルーノたちも森で仲良く暮らすのだろう」
何この平和脳……。
野生の猿が、人間の臭いが染みついた群れを受け入れるわけありません。
ブルーノ組は首都フリータウンに放たれたギャングも同様です。
襲撃!ブルーノの残忍性
脱走からほどない4月。
タキュガマ保護区から3kmの地点。
朝8時頃、一台のタクシーがチンパンジーの群れに襲われます。
乗員は5人。
3人のアメリカ人の客と、案内役のシエラレオネ人、シエラレオネ人の運転手。
建設中だったアメリカ大使館の視察へ向かう途中でした。
爪を剥ぐ!顔を食いちぎる!
群れは最初は見ているだけでした。
チンパンジーたちにアメリカ人は興味津々。
カメラを取り出して、のんきに撮影などを始める始末。
しかし、現地生まれの運転手はチンパンジーの怖さを知っています。
恐怖からハンドル操作を誤り、ゲートに衝突して動けなくなってしまったのです。
その瞬間をブルーノは見逃しません。
ボンネットに飛び乗り、フロントガラスを拳で破壊。
運転手を引きずり出して、地面に打ちつけて失神させます。
手足の爪を剥がし、指を食いちぎる!
こうして動けなくしてから、顔を食べたのです。
4人の乗客はこの怖ろしい現実に茫然自失。
運転手を助けもできず、目の前の光景に戦慄するばかり。
それでも頭では予想していたのでしょう。
「次は自分が殺られる!」
一斉に車から逃げ出した4人。
でも、悪いことにバラバラに逃げてしまった。
背中を見せた、単独の、武器もない人間など、チンパンジーにとっては貧弱な相手。
30頭もの群れにリンチのように虐げられたのです。
狙いは黒人?まるで復讐!
騒ぎに気づいて近くにいた警官が駆けつけます。
群れは逃げ、この惨劇は終わりました。
運転手は死亡。
案内人は腕を切断するほどの大怪我。
ただ、3人のアメリカ人は比較的軽傷で済んだ。
このことから、ブルーノたちは
「黒人(シエラレオネ人)を意識して痛めつけた」
と思われます。
保護区のチンパンジーたちは、多くは取引されていた猿。
ブルーノのように、現地人に母親を殺された境遇の猿もいたでしょう。
「復讐」「親の仇」
そんなふうに思えてしまうのは、人間目線なのかもしれません。
あるいは、動物は「天然のサイコパス」なのでしょうか?
どちらにしても怖いですよ。
この事件は、他の獣害と印象が異なります。
加害者はチンパンジー。
聡明で、人にもよく懐くのに。
実は、チンパンジーによる獣害は、近年増えているのです。
本当は怖いチンパンジー
2005年、カリフォルニアで飼われていたチンパンジーが、飼い主を襲いました。
飼い主の男性は命をとりとめましたが、鼻や唇、手足の指、臀部や睾丸まで失うことに。
同じアメリカで2009年、「トラビス」というチンパンジーが、飼い主の顔を食いちぎり、射殺されています。
トラビスはCMなどにも出演したタレントアニマルでした
『天才!志村どうぶつ園』に出ていた「パン君」も、飼育員に暴行し、テレビから消えましたよね。
どれも飼われていたチンパンジー。
チンパンジー被害の増加は、人間との接触が増えたことに因るのでしょう。
現代は猿に襲われやすい
アフリカでは稀にチンパンジーの獣害があります。
2000年代以前は報告も数件でした。
21世紀になり急速に増えているのです。
アフリカは現在発展中。
森が減少し、街は広がっている。
当然、人と猿がブッキングしやすくなります。
ペットとして飼われることも増えた。
チンパンジーは愛嬌があります。
「可愛い」という印象もあるでしょう。
しかし、人間の成人男性の5倍もチカラがある。
野生では仲間内で殺し合いもします。
飼われているチンパンジーですら、突然スイッチが入ったように凶暴になる。
猛獣のイメージがないだけに、油断が生まれやすい面も否定できません。
ブルーノは人間を怖がっていませんでした。
これも動物愛護の落とし穴だと思います。
ブルーノを保護した夫婦は、ワガママさせ放題にしていた節がある。
動物愛護の信者は、動物に肩入れする傾向が強い。
叱るときはきっちり叱り、躾けるべきでした。
好き勝手させることは、愛でも優しさでもないのです。
これは人間の子育てにもいえることですね。
事件のその後
事件後、9頭は保護区に戻ってきました。
やはり、自然ではもう生きてゆけなかったんでしょう。
他のチンパンジーも捕獲され、市民も安心を得たのです。
でも、4頭は見つからなかった。
今も逃亡中。
その中には、首謀猿のブルーノも含まれています。
チンパンジーの寿命は40~50歳。
幼児期に死ぬことが多いのですが、12歳くらいまで無事なら60歳以上も生きる場合もあります。
ブルーノは35歳前後(2021年)なので、今もどこかにいるかもしれない。
何度か目撃もされています。
ブルーノ事件……まだ終わっていないのかも。
まとめ
憐れな境遇のブルーノ。
事件はどこか復讐劇にも感じます。
巨体と知恵を得て、人間を手玉に取ったという印象。
この知能犯的なところが、他の獣害とは違う雰囲気。
猿は人に近い分、その残虐性を見せられるとハッとします。
『猿の惑星』や『モルグ街の殺人』を思い出す。
そのブルーノがまだどこかで生きている可能性も高い。
潜伏中のシリアルキラーみたいで、『切り裂きジャック』的なところもあります。
興味深いミステリーですね。
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