子供の頃――
『シフゾウ』が書かれた本を読んだ記憶があります。
シフゾウは4つの動物が合体した、中国の幻獣という内容。
だから、僕もずっと「シフゾウはいない」と思っていました。
龍とか麒麟みたいな、空想動物だと。
いいオッサンになるまで信じていました。
ところが、シフゾウは実在の動物なんです。
動物園にもいます。
そう知ったときは、なんだか自分のアイデンティティーが崩れたような感覚でしたよ。(ちょっと大袈裟)
それも、本当に4つの動物が混じったような姿。
しかも、一度は絶滅したと思われていた。
数奇な運命を辿ってきたシフゾウを紹介します。
シフゾウは4動物のキメラ?
シフゾウは漢字で「四不像」と書きます。
「4つの動物が混じった、わけのわからん奴」でしょうか。
馴染みのない動物ですよね。
中国語の発音では「スープーシャン」。
「あれ?どこかで聞いたことある」
そう思った人は、小説や漫画で『封神演義』を知っているのでしょう。
そのスープーシャンがシフゾウなのです。
伝説のシフゾウ
『封神演義』では、スープーシャンは主人公・太公望が乗る動物でした。
中国の伝説はこうです。
ひどい悪政である。
4動物は合体し、一体の動物になって、崑崙山脈の神の元へ行き、「新しい王朝が必要だ」と懇願。
それが「馬の顔、鹿の角、牛のヒヅメ、ロバの尻尾」の動物。
「こりゃ変な動物だ」と神様も気に入った。
そこで太公望(呂尚)のことを教えられる。
太公望はその動物にまたがって戦い、周王朝建国に力を貸すというもの。
これだけでも普通に空想の動物だと思いますよね。
シフゾウは中国でも「変な動物」と見られていたのでしょう。
じゃあ実際のシフゾウは?
本当に「馬の顔、鹿の角、牛のヒヅメ、ロバの尻尾」の動物なのです。
実在のシフゾウ
シフゾウはシカ科になります。
頭から尻までが約2m。
大きな角がある。
角はオスだけです
どう見ても鹿なのですが、顔は馬かヤギにも思える。
ヒヅメは大きく広がり、歩くと音がするほど。
30cmほどの尻尾は、ロバにそっくり。
なかなか説明のしにくい動物です。
他にも「首がラクダのよう」だとか「胴体は牛」とか、偶蹄目(馬・ロバは奇蹄目)てんこ盛りです。
シフゾウが幻獣扱いなのは、この寄せ集めスタイルが原因でしょう。
元々生息も局地的で、数も多くなく、伝聞されることが多かった。
でも、説明ではちっともわからない。
話に尾ひれがついて、未知動物、幻獣と思われたのです。
このシフゾウ、歴史もツギハギです。
シフゾウ絶滅からの回復
本来、シフゾウはユーラシア大陸に広く分布していました。
化石から、日本にも生息していたことがわかっています。
しかし、生息域は徐々に狭まり、西暦200年頃には中国でも野生のシフゾウはほとんど見られなくなったようです。
三国志の時代ですね
それなら「野生じゃないシフゾウはいたのか?」って話。
それは後述するとして……。
野生シフゾウの記録が古書に残っています。
大群だった過去のシフゾウ
シフゾウは、湿地で千頭を超える群れで暮らしていたようです。
広がったヒヅメは、泥などに沈まないためと考えられます。
泳ぎも得意。
一頭のオスが多数のメスを連れ歩くハーレムが基本。
群れが集団になっていたんですね。
ハーレム拡大のため、オス同士で争いも多かった。
妊娠期間は10カ月近くで、人間と変わりません。
野生では10~15年が寿命と思われます。
飼育下では18年
この光景は、紀元前には見られました。
しかし、シフゾウの数は激減。
乱獲なのか、戦乱のせいか、悪い病気でも流行ったのか、原因はわかりません。
それでも少数ながら、野生シフゾウは17~18世紀までは存在していたらしい。
それも19世紀にはまったく消えてしまいます。
「絶滅か!」
でも、野生じゃないシフゾウがまだ残っていました。
飼育シフゾウ世界進出!
変な動物シフゾウは、それだけでプレミアです。
こういった動物は、権力者が集めたがる。
野生シフゾウが滅んだ頃、清朝の皇帝が「南苑」という狩猟場で、120頭ほどのシフゾウを飼っていたのです。
それを知ったのが、当時中国にいたフランス人宣教師ペール・ダビット。
「シフゾウ見てぇー!」
立ち入り禁止の南苑の壁をよじ登り、シフゾウを確認。
その情熱なんなの?
役人に賄賂を渡して、シフゾウの皮もGET!
神に仕える立場とは思えない行動力で、1866年、ヨーロッパに紹介したのです。
シフゾウは英語で「Père David deer/ペール・ダビットの鹿」。
名を残せたんだから、賄賂の出費も意味がある。
その後、外交官と中国の間で話がつき、生きたシフゾウがいくつかの動物園に送られることに。
これがシフゾウの幸運でした。
生き延びたシフゾウ
1895年、洪水で南苑の壁が一部崩壊。
多くのシフゾウが逃げ出し、農民に食べられちゃうのです。
なんというか中国らしいのですが、日清戦争後で貧困に喘いでいたと思えば、わからなくもない。
さらに、1900年に「義和団の乱」が起こる。
中国の攘夷運動みたいなもので、在中外国人が被害に遭い、日米英仏独などの連合軍と乱戦になった。
この騒動で、南苑でわずかに残っていたシフゾウも全滅。
中国のシフゾウはまったくいなくなった。
でも、ヨーロッパの動物園に数頭いる。
中国のシフゾウが滅んだとき、保護に乗り出していた人物がいました。
イギリスのベッドフォード公爵です。
動物園からシフゾウをもらい受け、私設の鹿公園で育てていた。
ムツゴロウさんみたいな人だ
その後、二つの大戦で動物園のシフゾウもゼロに。
公爵家のシフゾウだけが残りました。
備えあれば患いなし、です。
現在、シフゾウの数は5000頭ほど。
みんな、ベッドフォード公爵に守られたシフゾウの子孫です。
妊娠期間が長く、一頭しか産まないため、効率良く増やせるとは言えません。
でも、たった数頭から5000まで増やせたのも、ベッドフォード様様です。
ほとんどは飼育されていますが、野生に戻されたものもある。
こちらは自然に戻されたシフゾウ。
シフゾウが見られる動物園は?
シフゾウは日本の動物園にもいます。(2020年)
- 大森山動物園(秋田県秋田市)
- 多摩動物公園(東京都日野市)
- 安佐動物公園(広島県広島市)
- 熊本市動植物園(熊本県熊本市)
馬・鹿・牛・ロバの姿を堪能できます。
ただ、ベッドフォード公爵の鹿公園には別種の鹿もいて、交雑もけっこうあったようです。
なので、純血のシフゾウとは少し違うかもしれません。
でも、奇跡的に残ったシフゾウ。
じゅうぶん見る価値はあると思います。
まとめ
4つの動物が混じったシフゾウ。
幻獣・霊獣のようで、実在するというのが嬉しいですよね。
野生のシフゾウは残念ながらいなくなった。
しかし、人の手で絶滅から救われました。
もちろん、絶滅危惧種。
今後は、野生で繁殖し数が増やせるかが課題になるでしょう。
野生から離れていたため、猛獣などへの警戒心も薄く、ちょっと甘ちゃんなのが心配です。
将来、数千のシフゾウの大群が蘇るかも。
彼らがいつか昔のように暮らせるのを祈るばかりです。
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