子供時代、「ガガンボ」はとても怖い昆虫でした。
蚊が大きくなったみたいなアレ。
「蚊の王」にも思える外観に、「蠅の王ベルゼブブ」に近い悪魔的な恐怖を感じたものです。
ガガンボが玄関先にとまっているだけで、家に入るのを躊躇いました。
襲われそうだし、家に侵入されるのが嫌だった。
こんな経験は誰にもあるのでは?
ガガンボは「弱い虫」の代表でもあります。
「ガガンボみたい」といえば、華奢で、無力で、貧相なこと。
フラフラしてますしね。
怖く見えたり、弱そうだったり、これという人気もないけれど、記憶にはしっかり残っている虫だとも思うのです。
そんなガガンボはどんな虫なのでしょうか?
ガガンボの生態
ガガンボはかなり繁栄している昆虫です。
世界中にいて、500以上の属、15,000種もあります。
日本だけでも700種という、超多様性。
「ガガンボってそんなにいるのか」とビックリします。
ガガンボ?カトンボ?
「ガガンボ」という奇妙な名前は「蚊の母」が転訛したものといわれます。
たしかに蚊の親に見えますしね。
我が家のほうでは「カトンボ」と呼んでいました。
正式名がガガンボと知ったのは、だいぶオッさんになった頃。
「カノオバ」と呼ぶ地域もあるようです。(蚊の小母?お化け?)
どうしても「蚊の上位版」の印象から抜けられないのか……。
他に「アシナガ」と呼ばれることも。
英語でも俗名は「Daddy longlegs(あしながおじさん)」。
細い胴体から長い肢が伸びる姿は、まんま足長おじさんです。
普通は「Crane fly(鶴の羽虫)」と呼びます
いろいろな方言があるのも、「どこにでもいる虫」ならではでしょう。
ガガンボは蚊じゃない
ガガンボは昆虫界の大派閥「ハエ目」に属します。
普通、昆虫は羽が4枚。
それが2枚しかない「双翅目」とも呼ばれるグループです。
このハエ目は「短角亜目」のハエ・アブと、蚊・ブユなどと、今回の主役ガガンボを含む「長角亜目」に分かれています。
このグループ、まったくロクな虫がいないな。
ガガンボは見た目通り、蚊の仲間になる。
そのため、誤解も多いのです。
ガガンボは刺さない
ガガンボを「大きい蚊」と思っている人も多いでしょう。
フォルムが完全に蚊ですからね。
小さくても大迷惑な蚊の親分みたいなガガンボですから、とんでもない悪さをしそう。
でも、ガガンボと蚊は違う昆虫。
ガガンボの幼虫は水中や土中にいて、ウジのような芋虫で、蚊になるボウフラではありません。
大半の幼虫は腐食物を食べ、成虫は花の蜜などを吸うだけ。
稲を食べる害虫になる幼虫もいます
もちろん、人を刺すこともありません。
「ガガンボに刺された」経験がある人は、きっと別な虫に刺されたのでしょう。
同族には蚊だのアブだの刺す虫が多い。
それらをガガンボと勘違いしたのだと思います。
ガガンボはまったく害がなく、弱い虫です。
あまりにも貧弱なのが、ガガンボのもうひとつの特徴です。
不気味!簡単にもげる手足
寄ってきたガガンボを手ではたくと、そのまま地面に落ちてバラバラになったりします。
肢や羽がすぐ取れちゃう。
叩いたこっちが「え?なんかゴメン」と罪悪感を抱いてしまう。
そんなに強くやったつもりないのに……。
ガガンボが数匹も集まって死んでいると、虐殺でもあったような光景。
どんなハードラックとダンスっちまったらこうなるんだという、悲惨な骸をさらしています。
この弱さから、ガガンボを「儚い虫」の代表カゲロウと勘違いしている人もけっこういる。
なんでこんなに弱いんだろう?
ガガンボが弱い理由
成虫ガガンボの寿命は1~2週間。
短命ですが、昆虫では珍しくありません。
成虫は飛び立ち、相手を見つけて交尾し、産卵して、短い一生を終えるのです。
短期決戦ですから、活動的な健康体がほしいところ。
それなのに、ガガンボときたら、弱っちく、飛ぶのもノロノロ。
どうも婚活のモチベーションが低い。
この弱さにも理由があります。
どうしてあんな脆いのか?
ガガンボは体力のない昆虫です。
飛んでいるのを捕まえるのも簡単だし、とまっている奴もプルプルしていて、とても辛そう。
それは、たぶん大きすぎるからでしょう。
ハエ目は今から約2億年前に誕生しました。
『ジュラシック・パーク』は、琥珀に閉じ込められた恐竜の血を吸った蚊から、恐竜のDNAを取り出して復活させる話。
こんな昔から迷惑だったんですね。
蚊の仲間のガガンボも、恐竜時代にいました。
そして「大きくなる」という、単純な進化をしたのです。
これは間違っていないのですが、所詮基本のボディーは蚊。
軽自動車のシャシに、トラックの荷台を載せたみたいなもの。
チカラもないのに大きくなって、仕方なく筋肉量を減らして軽量化。
関節部分も脆くなり、すぐに肢や羽が取れるようになってしまった。
速くも飛べず、重さにも耐えられない。
「アホか?」という進化。
でも、ガガンボは現在まで生き残り、繁栄しているのですから、完全にしくじったわけでもなさそうです。
弱者と呼ぶなかれ
ガガンボは「大きい」といっても、それは蚊をモノサシにしているから。
肢は長いけれど、胴体部分は大きい種でも4cm程度。
カブトムシやトンボと比べれば、決して巨大昆虫ではありません。
あれはあれで「ギリギリちょうどいい」大きさなのだと思います。
ガガンボを襲う敵は、カマキリ、クモなどですが、コイツらにはハエ目が何をしても歯が立ちません。
小さくたって殺られるなら、多少貧弱になっても、大きいほうがいいだろうという、直球勝負みたいな気持ちのいいくらいシンプルな進化です。
大きければ交尾相手も見つけやすいし、ウザイ小物は避けられるのでしょう。
肢が取れやすいのも、トカゲの尻尾のように、囮にして逃げる意味があるんだとか。
「足一本で済めば結果OK」というのも潔い。
ガガンボの肢は再生しないんだけど……
なにより、ガガンボがそれほど困ってなさそう。
数も多く、個としては弱いけれど、種としては強い。
迷惑なハエ目にあって、平和的な昆虫でもある。
「でっかい蚊」の見た目に反して、けっこう可愛いヤツだと思うのです。
まとめ
僕は、ボブ・ディランの『風に吹かれて』を聴くと、なぜかガガンボを思い出すのです。
フワフワ、ヨレヨレした感じが、脳内でマッチするんです。
ガガンボは完全に風に負けていますが。
壁や葉にとまり、細い手足で必死にこらえている姿は、どこか悲しく、シンパシーも覚える。
弱いけど、脆いけど、頑張ってます感がいいんですよ。
それは、大きくなった進化の代償。
でも、下手な抵抗をせず、流されるまま、生き抜いてきたスゴイ昆虫だと思う。
答えは風の中にある。
無理なく生きる手本ともいえそうですね。
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