文明に浴さない原始的な暮らしは、
究極のスローライフなのかもしれません。
1970年代、そんな一族が発見されました。
フィリピンの『タサダイ族』です。
島の奥地で誰にも見つからず、
石器時代そのままの生活を20世紀まで続けていた、
30人足らずの少数民族。
この大発見は世界を驚愕させました。
しかし、話はこれで終わりません。
「タサダイ族は本物なのか?」
疑惑も同時に生まれます。
世紀の詐欺事件ともいわれる「タサダイ族騒動」。
その顛末をまとめました。
タサダイ族の発見と保護
1971年のこと。
当時フィリピンの環境大臣マヌエル・エリザルデが、その一報を伝えました。
「ミンダナオ島のジャングルで、
タサダイという少数民族を発見した」
「タサダイ族は文明社会から隔絶され、
現在も原始人のように暮らしている」
というのです。
ネットもスマホもない時代とはいえ、世界に空白地などなくなっていた頃。
未知の民族がまだいるなんて想像できなかった。
ミンダナオ島はフィリピンの南にあって、北海道と四国を足したくらいの大きさ。
50年前でも数百万の人間が住む島でした。
そこに、知られていない民族がいた。
しかも、文明とは交わったこともないというんですから、とんでもない大発見です。
石器時代と変わらぬ暮らし
タサダイ族は地元のハンターが見つけたそうです。
それを大臣のエリザルデに報告。
確認作業が行われ、発表されたのです。
内容は、
・狩猟民族で、道具は石オノなど。
・農業、家畜を飼う知識がない。
・洞窟に住む。植物の葉で作った服。
・他の言語と類似しないタサダイ語を使う。
・「敵」「武器」など争いを意味する単語を持たない。(争いの概念がない)
まったく世界とは閉ざされた原始生活です。
これが当時の世相に大ウケしたのです。
貴重な「愛の民」を守れ!
1971年はベトナム戦争の真っ最中。
反戦ムードが高まり、ヒッピーと呼ばれる自由人が「ラブ&ピース」を叫んでいました。
まあ、ヒッピーなんて「怠惰なイマ人」みたいなもんなのですが。
「これぞ人間本来の暮らし」
「争いもストレスもない、美しい民族だ!」
社会から孤立し、仲睦まじく助け合って暮らすタサダイ族は、そんな時代の寵児となるのです。
「この美しい民族は保護されるべきだ!」と声を挙げる人も多数。
あのナショナル・ジオグラフィックも取り上げ、
空の英雄チャールズ・リンドバーグや女優などの著名人までがタサダイの村を訪れるという大騒動です。
『翼よ、あれがパリの灯だ』のリンドバーグです
フィリピン政府も動きます。
1972年、時の大統領マルコスは、タサダイ族の暮らす地域182㎢を保護区に認定。
ざっくり東京ディズニーリゾート(ランド+シー)100個分と思えばいい。
手厚く守られた一方で、研究も自由にできなくなりました。
保護区は1976年には完全に閉鎖され、
タサダイ族はろくな調査もされないまま、
誰に干渉されることもなく、
平和で原始的な生活を送れるようになったのです。
……と、ここまでは「いい話」。
しかし、1980年代になると、美しいタサダイ族の物語は、意外な方向に進んでゆくのです。
タサダイ族は壮大なヤラセ?
隠されたタサダイ族。
彼らの文化を現代人が汚さぬようにしたわけですが、別な見方もありました。
「タサダイは本当に石器時代のままの民族なのか」
研究はほとんどされていないのです。
疑われるのも無理はありません。
1986年、独裁だったマルコス政権が倒されます。
この影響で、保護区の監視も緩む。
その隙を突いて、タサダイの村を訪れたのが、スイスの人類学者と、フィリピンの通訳役のジャーナリスト。
彼らは出会ったのです。
普通の家でタバコを吸う、
Tシャツにジーンズという姿のタサダイ族と。
タサダイ族の真実
タサダイ族からの聞き取り、さまざまな調査から、真相は以下のようなものと考えられます。
黒幕は環境大臣エリザルデだったようです。
当時、フィリピン政府は
文化マイノリティーの保護組織「パナミン」
を設立していました。
そのパナミンの責任者がエリザルデ。
いくらかの報酬を払い、タサダイ族に
「洞窟に住み、木の葉で陰部を隠し、争わない愛の民になれ」
と命じたのです。
少数民族の保護はパナミンの管轄。
タサダイ族が注目され、資金が集まる。
むろん、面会や取材や研究もパナミンの管理下なので、情報もコントロールできる。
実際、エリザルデは後に、100億円ほど持ち出してフィリピンからとんずらしています。
タサダイ族は嘘でもなかった?
今になって思うと、不自然なこともありました。
タサダイの村はたしかに密林の奥なのですが、
3時間も歩いた場所には隣の村もあるのです。
それら現代文明のある他村に、気がついていなかった?
森を歩き回る狩猟民族が?
6家族27人というのもおかしい。
そんな少数で、近親相姦もなく生き残れるものなのか。
けっこう設定グダグダ
「では、役者によるヤラセか」
それも少し違うようです。
タサダイ族も近代文明は知っていました。
村には鉄やガラスの製品もあった。
でも、孤立した遅れた民族であったことは事実らしい。
他民族との交流は少なく、質素な暮らしをしていた。
石器時代はフカシすぎだけれど、
原始的だったことは間違いないとのこと。
その貧しさをエリザルデに利用されたといえるでしょう。
後日の、家に住み、喫煙し、バイクに乗るタサダイ族がクローズアップされるのですが、それはエリザルデにもたらされた“恩恵”の一部と思われます。
なんにしても、世界中が信じ込まされたタサダイ族。
素のままの、いい演技だったんでしょうね。
現代なら「なぜ、みんなこんな話を真に受けたの?」の不思議に思いませんか?
最後にその辺も説明したいと思います。
なぜタサダイ族は信じられたのか?
年配者なら横井庄一、小野田寛郎という名を覚えているでしょう。
残留日本兵です。
終戦を知らずに、任地に残されてしまった軍人。
横井さんは1972年(昭和47年)にグアム島から、
小野田さんはフィリピンから1974年(昭和49年)に帰国したのですが、
20年以上も戦争が続いていると思って、生活していたのです。
こんな信じられないことが70年代にはあった。
ほぼ時期が同じの「未知の少数民族発見」も、無理のない話でした。
でも、タサダイ族の疑惑が薄れた一番の理由は、それが「愛と平和の民族」だからでしょう。
それは人間の理想形だった!
タサダイ族は美しかったのです。
争わず、助け合って、自然とともに生きる姿が、人類の理想そのままだった。
反戦ムードで盛り上がっていた平和主義者の好みにピッタリです。
こういうのって、ケチがつけにくい。
今もそうですが、「美しいマイノリティー」は攻撃できません。
本当に美しいかより、「大衆に美しいと信じられている」ですかね。
僕らは、文明の遅れた少数民族に、
ある種の理想を押しつけがちです。
その素朴さや、無知を愛すべきものと見る。
それは現代人が失った「善」の特性。
「嘘などあろうはずがない」と思い込んじゃうんですね。
でも、少数民族だろうが、嘘もつくし利益も得たいのです。
民族研究のエゴイズム
これは学問にとっても難しい問題です。
文明の遅れた民族の研究の中で、
学者はたびたび「助けられた命」と出会います。
風邪で亡くなってしまうとか。
学者が風邪薬を与えれば、助かっていたでしょう。
しかし、そうした民族に干渉することになる。
民族に伝わる非科学的・伝統的な治療(“まじない”とか)に対する、近代文明という「神の手」です。
風邪薬の存在を知れば、民族は当然欲しがります。
彼らだって進んだ文明が欲しいのです。
好きで原始的な暮らしをしているわけじゃありません。
それでも「彼らの無知と素朴」を守るために、
見殺しにするしかないのが現状。
人道的にどちらが正しいのでしょうか?
世紀の捏造といわれるタサダイ族。
スキャンダラスな面白事件です。
でも、その事件に含まれる警句を読み取ることも必要でしょう。
まとめ
タサダイ族は近代のヤラセ、捏造として有名です。
争いを知らぬ「愛の民」は、平和のシンボルとなり、人間の理想像と祭り上げられます。
十数年後、嘘だったことが発覚。
タサダイは「詐欺の民」となり、現在に至っています。
でも、彼らは伝統的な暮らしを守り、貧困から抜け出すために原始人を演じただけ。
祭り上げられるのは想定外だったでしょう。
タサダイは誰かに利用された民族だったんですね。
勝手にシンボルにされて、本人よりも周囲が盛り上がる例。
現在もよく見る気がするんですが……。
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